まずはブログを運営している私、夜市千景について少しお話したいと思います。
私はこの春まで長年工場に勤めていました。しかしサラリーマンになりたくて工場勤務をしていたわけではありません。私には中学の頃から小説家になりたいという夢がありました。しかし小説家になるためにはまず新人賞を受賞する、あるいは出版社から声掛けを頂いてデビューしなければいけません。その時点で小説家になるという夢のスタートラインに立ったといえるでしょう。私は現時点ではデビューには至っていません。学生の頃は勉学に励みながら、工場に就職してからは仕事に勤しみながらこつこつと小説を書いては出版社が主催している新人賞に応募したり、小説投稿サイトのコンテストに応募したりしていました。しかし箸にも棒にも引っかからない日々。と、ここまで聞けば長年夢を追い続けてきたんだなと思われるかもしれませんが、実は本気で夢を諦めかけた時期がありました。
日記未満のなにかからようやく小説っぽいものを書けるようになり、書くことが「楽しい!」と思えるようになりだした頃、それは唐突にやってきました。スランプです。何を書いても面白いと思えず、発想も浮かばない。書いては消し、書いては消しを繰り返す内に嫌気がさし、ついにはシャーペンを握ることもなくなりました。そのまま文字を書かない日々が長く続きました。今振り返っても、地獄のような日々でした。物書きが文字を書けないというのは、タイヤのない車や屋根や壁のない家と同じです。自分はダメなんだ、このまま小説家になれずに一生終わるんだ。最悪の結末が常に脳内でくすぶっていました。ある日意を決してシャーペンを握り、面白くなかろうが破綻していようがとりあえず最後まで書き上げることを目標に短編を書きました。読み返しても当然面白くもなんともありません。しかし「書いた」という事実と実感は、書けない書けないと頭を抱え自己嫌悪に陥っていた自分をほんの少し中和してくれました。そんな感じで嫌々ながらも書き続ける日々は五年近く続きました。その期間は正に暗闇を手探りで進む状態でした。歩けど歩けど光は見えず、何度も立ち止まっては絶望と悲嘆に暮れました。しかし終わらない夜はないという言葉通り、ある日一筋の光が差します。
「楽しい」
それは久しく忘れていた、創作の核であり原動力となるものです。勝手に進む手に任せて書上げた短編は、スランプに陥る前より言葉遣いはつたなく、書いていて言葉が出てこないなどそれはまあひどい粗削りなものでした。しかし「面白くない」とは一つも思いませんでした。確かになにかを掴んだのが自分でも分かりました。それからはブランクを取り戻すように、これまでにないくらい執筆に没頭しました。それから現在に至るまで、スランプにはなっていません。私なりのスランプの脱出法や対処法についてはまた別の機会に詳しくお話ししようと思います。
かくしてスランプから脱した私は、ふと考えました。このままで良いのか? と。工場では正社員だったため、給料は保証され日々の生活は安定もしていました。しかしこのまま会社員を続けた先で夢を掴んでいる自分がまるで想像できませんでした。夢を叶えるためにしている仕事でしたが、いつしか仕事が主体となっていました。言い方は悪いですが、朝から夕方まで会社に拘束され家に帰れば文字を書く気力も元気も残ってはいませんでした。仕事で疲れたから、というのを理由に自分を甘やかしている節もありました。家と会社を往復するだけの日々を送る中で、私はこのままではダメだと思いました。転職という縁遠いと思っていた単語が初めて身近に感じた瞬間でした。求人サイトや雑誌を眺める中で、私はここで働きたい! と心から思える会社に巡り合いました。そこは趣味のために個人的に通っていた音楽スタジオであり、私は思い切って「ここってバイトを募集してたりしませんか?」と社長に聞いてみました。するとなんと「今ね、ちょうど探してるんだよ」という嘘みたいな回答が返ってきました。それからはとんとん拍子でした。正社員という約束された安定の道からアルバイターへ転身するのにはもちろん勇気がいりましたし、何回も葛藤しました。けれど今このチャンスの波に乗らなければ私はこの先一生後悔すると思いました。父にそのことを相談すると、「転職したいという思った時に良い場所が見つかったら、それは転職するタイミングだよ。大抵転職したくても良い所がみつからないものだから」と言ってくれました。父のその言葉は、迷っていた私の背中を強く押してくれました。新しい仕事は未経験の接客業ということもあり四苦八苦する日々ですが、私は工場勤務の頃には感じなかった楽しさとやりがい、そして何より夢へ近付いたという確かな実感があります。
さて、ここまで少し長くなりましたが最後に何故「夜市千景」という名前なのかについてお話したいと思います。
まず夜市千景というのは私のペンネームです。夜市と千景にはそれぞれ採用理由があります。まずは夜市の方についてです。夜市は私が中学時代読書にはまり、その後小説家を志すきっかけとなった人生の転機となった小説の題名です。金魚の絵が目印の恒川光太郎さんのデビュー作です。「夜市」「風の古道」の二編が収録された短編集で、フィクションと現実が絶妙に入り混じりながら妖しさと美しさ、切なさが共存した素晴らしい一冊です。伏線とその回収もとても鮮やかで、悲しくも美しいラストは何度読んでもくせになります。私はあまり小説を読み返さないのですが、夜市だけは何度も読み返しています。まだ読んだことのない方は騙されたと思って是非一度読んでみてください。私の夢の原点ともなった夜市。恒川さんへの尊敬と憧れを込めてこれをペンネームに起用しました。夜市の素晴らしさについては、別の記事で詳細に語ろうと思います。
次に千景の方ですね。こちらは私が中学時代にとてもお世話になった魔法のiらんど様に掲載されている、「その羽根を広げてみて」シリーズに出てくる、私の中でかっこいい男不動の一位である氷上 千景というヒーローの名前からお借りしました。作中で呼ばれているチカという男なのに可愛いあだなもすごく好きで、こちらも読んだことのない方は是非覗いてみてください。千景の漢気にときめくこと間違いなしです。
と、大好きなもの二つを詰め込んだ結果、夜市 千景という小説家が生まれたわけですね。中性的な雰囲気が漂うこの名前、とても気に入っています。今年中にはこの名前が世に出ると確信に近い自信があります。そのためにこれを書き終えたら書き途中の話を進めようと思います。ローマは一日にしてならず。継続は力なり。ですからね。
このブログには、私の経験をもとにした夜市 千景流の小説の書き方を始めとして私のルーツとなったもの、影響を受けた小説や漫画、アニメ、音楽について書いていきます。小説を書きたいけど何からやれば良いのか分からない、それなりに書けるようになったけど先に進めないなどの悩みを抱えている物書きさんのなにかを掴むきっかけになれれば良いなと思っています。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。ではまた、どこかでお会いしましょう。
2022.04.26 夜市 千景
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